わが家の自由なお葬式

日頃お葬式とは無縁な私が体験したわが家のお葬式              無宗教で形式にとらわれない自由葬、近親者のみで父を見送った小さなお葬式

理想のお葬式

 私が死んだ時のイベントは盛大におこなってほしい。人生のフィナーレを華々しく飾って欲しい。知らない人が参加してくれても良いし、しばらく音信不通だった人が来てくれるのも嬉しい。

 

自分のお葬式資金はそれなりに準備できていると思う。少なくとも自分がやりたい理想のお葬式をするだけの資金は通帳の中にあるはずだ。

 

参加する人は気楽な気分で来て欲しい、お友達同士お誘いあわせの上来てくれた方が参加する方も楽だよね。1人で来て寂しい思いをしないでほしい。会場でたまに会う人も居るだろうからその時は久しぶりの再会を楽しんでほしい。ドレスコードは喪服不要、平服でお越しください。黒にこだわることもないし、「喪服持ってないからな」なんて困って欲しくないから適当な服で来て欲しい。とは言っても本当に普段着で来ると周りの目も気になるでしょうから念のため受付でレンタル喪服の用意も必要かな?いや、服装に関しては本当に何でも良い、日本の形式にとらわれない未来になることを願っている。

 

香典は受付けません。香典返しも用意していませんから。来てくれたお気持ちだけで十分なので現金は一切不要です。むしろ私の方から「お車代」を用意したい。札幌市内の人は5千円、道内の人は1万円、道外の人は3万円、海外から来てくれる友人が居たら10万円。

 

お花は可愛い色とりどりのお花で飾って欲しい。花は贅沢にたくさん用意して欲しい。薔薇は不要。ブーケトスをしたいけれど誰も受け取らないだろうから最後は小さな花束を沢山作って参列者のみんなに持って帰って欲しい。

 

お料理はビュッフェ式の立食で。座っても良いけれど帰るタイミングを逃すと悪いから立食にして適当に食べ終えたら自由に帰ってね。シャンパンタワーでみんなにシャンパンを振る舞いたいけれど飲んでもらえるかな?お酒好きな友達が多いから飲み比べなんかして楽しんでほしいな。私が今まで旅行してきた国々のお料理かお酒を用意して欲しい。30か国以上あるからこれは準備が大変だよね。毎年のようにみんなで行った盛岡のわんこそばも用意して欲しい、一口サイズで1人一椀食べたらお椀を積み上げてください。100杯目の人には手形を差し上げてください。お葬式と言うよりもパーティーだと思ってほしいし、好きなだけ食べて欲しい。そして私に対して「あの人本当馬鹿な事ばっかりやっていたよね」と笑って過ごしてほしい。日頃の私は甘いものに興味が無いけれど女性陣の事を思うとデザートビュッフェも欲しい所。

私の終活

 日頃から私は周りの友達に自分の理想の葬式を語っている。若い女性が「将来の自分の披露宴を今からイメージしている」なんて言う妄想と同様で私の場合は何故か昔から葬式だった。ブライダルフェアも良いけれど、近所の葬儀場で「お葬式フェア」を開催していた時には心ワクワクして1人足を運んだこともあった。今どきのお葬式事情、祭壇のお花のサンプルが飾られていたり棺桶が何個も並んでいたり、香典返しの品々が展示されていたり。「納棺体験」なんてコーナーもあって実際に棺桶に入って蓋を閉めてもらう体験も出来た。当時まだ若かった私が会場で一つ一つの展示をじっくり見ていた、今思うと近寄りがたい女だっただろう。アンケートに答えると香典返しの品が一つもらえたり、葬式会場に出入りしている花屋が格安でお花の販売をしていて花束を買ってみたり楽しかった。

 

 私の生活はシンプルだ。友人からは「ミニマリスト」と呼ばれるほど部屋の中はあっさりしていて無駄なものは持たない主義。「私が死んだら処分に困るでしょ、モノは少ない方が後処理が楽だよ」と言っても「その心配50年後で良いと思うよ」と言われてしまう。

 

 自由葬を飛び越えて多くの希望を友達に語っているが、「それ文章にして残してもらえるかな?」「アンタの希望通りにやるのは良いけれど身内の人が絶対反対するから、故人の意向であることを残しておきな」とアドバイスされる。だから一度文章に残しておこうと思った。

数か月後

 二男から突然来たメール、父の保険の手続きをする書類を送るから返送するように、と。長男経由で届いた書類は父の生命保険の名義変更書類だった。私は父の生命保険の受取人が誰だったのかは知らないし聞かない。

 

 「保険受取人の手続きが困難なため名義を変更する」と言う文面だったのでもしかしたら私が受取を拒否したことによって一旦すべてを母名義に変更したのだろうか、詳細は聞かなかった。私が思うに、私が全ての相続を放棄したいと言い出したがばかりに面倒臭いことになっているのだろう、そんなことを思いながら身分証明書をコピーしたり書類にサインしたり、直ぐに書類を返送した。

 

 私個人としては私以外の2人の兄達で分けられるものは分けてしまって良いと思っている。後々そのことに対して何か言うつもりもないし、受け取らないのは私個人の希望なので文句は無い。突然大金を手に入れることにはしたくない、自分の今の生活を変えたくない、欲しい人が受取り欲しくない人は受取らない、父のお金は父のもの今更お小遣いをもらう歳でも無いし必要ない、お金を手にしたところで使い道も無い。

 

 今のところは元気だけれどいつの日か同じ状況が母の場合で起こるであろう。今回の事で兄達は私が一切拒否することを想定しているだろう。その時はその時だけれど、相続って面倒臭い、もらえるものはもらえば良いと思われることが多いが受取りたくないからしょうがない。この感覚は難しい、一獲千金を狙って自ら宝くじを買って当たった場合は望んだものだが親から受け取る相続は自ら望んだものでもないし夢も希望もないし受け取ったところで手を付けたくない。結局のところ私の性格が素直ではなくひねくれているのだろう。出来ることならば母が生前元気なうちにお金は残さないように何とかしてほしい。財産は一代限りが良い。

 

 そう言えば高校時代の同級生のお父さん、彼は自分の代で始めた小さな農園を息子に譲ることは無かった。何も知らずに息子が「将来は父さんの農園を継ぐ」と言ったことに対して自分がやりたい事であればまず資金を作って父から農園を買い取るようにと伝えたらしい。自分の夢は自分で叶えろって話らしいけれど何故か同級生のお父さんの話を思い出した。

 

 父の納骨は二男が終えてくれた。私はお墓に足を運んでいない。人は亡くなったら終わりだと思っている。日頃から何かの記念日だとかイベントごとに対しても興味が薄く過去よりも未来を大事にした。

立つ鳥跡を濁さず

 父が亡くなり、形にとらわれない自由葬を行った。その翌日から私は旅に出たので札幌に残る家族達の事はどうなったのかは知らない。私から何か聞きたいこともないし、兄達も私に何か伝えたいことも無い。相続の手続きは私の「お金も物も一切受け取らない」と言う希望を叶えてくれたようで業務連絡は何もなかった。忘れた頃に二男から届いたメールが「新しく犬を飼うことにした」と言う連絡だけだった。

 

 父の葬儀は自由葬で良かったと思う。宗教にこだわる必要も無ければ古いやり方にこだわることも無くシンプルなもので良かった。葬式には何が正解かは無い。故人の意見を聞くことが出来ないので喪主をはじめとした遺族が執り行うしかない。だからこそ生前に終活をしておくことは大事だ。終活なんて言葉は一昔前は無かったけれど、残された遺族の事を考えて事前に本人の意向を伝えておき準備をしておくことは故人の為でもある。

 

 我が家の場合は無縁だったが残された遺族間での相続争いが起きないように生前に自分の財産をどうするか決めておくのも大事だ。特に大黒柱である父の場合は大事な問題だ。我が家の父の場合は生前にある程度動いて居た事もあり遺言は無く、特にお金関係にしっかりしている二男にある程度の事は任せ家族間でもめることも無かった。

 

 父が亡くなり、お通夜とお葬式を終え私が何より良かったと感じることは長男の嫁と二男の嫁の立場だった。「息つく暇も無いほど動き回った」「何もしない訳にはいかない立場」など葬式で嫁は働かなくてはならないと言う話をよく聞くが、我が家の場合嫁に何かしてもらうことは無かった。何から何までサービスが行き届いている葬儀会社が全てを仕切ってくれるし、お茶が飲みたければ各自自分で飲めば良い、お料理を運ぶのだってスタッフが居るわけだし、嫁いだ人に雑用を任せるようなことは嫌だった。嫁は裏方でサポートとか古い考えは持ちたくない。親戚の手前何かしなくてはならない、そんな空気を作り出すのも嫌だった。我が家の親戚は私が見る限りでは上下の立場も無く誰かが意見を言ったりもめ事が起きるような親戚ではないので自由で堅苦しくは無い。嫁2人は深く身を乗り出すことも無くフラットな立場ですごく良かったと私は思う。偉そうに言える立場ではないが、私自身が最も何もしていない存在だったから、と言うよりもプロのスタッフの皆様が居るので、実際それほどすることは無いものだ。

 

 順番で行くと次は母の番が来るだろう。「俺が喪主か?」と心配する長男、「誰でも良いんじゃないの?じゃんけんで決めれば?」とお気楽な私。「自分の準備もきちんとしておけ。会場は空いてる会場を手配するから。」と母に今からプレッシャーを与える二男。母は「お金は全部孫に残す」と言うからその願いは是非叶えて欲しい。

今後の議題

 翌日私と長男の嫁と子供の3人は二男の運転で新千歳空港に向かう。車内で二男からの議題は予想通り「相続」の話だった。以前から聞いていた通り長男と二男は既に生前贈与を受けている、私が受取りたくないことも知っている、私が素直に受け取れば兄弟平等となるのだろうが要らないものは要らない。私が実家を受取りたくなければ母名義に変更すること、本来通り母が二分の一、残りを子供3人で分け合うか一旦母に全てを相続させるかを提案された。私は「お金も物もなにも受け取りたくない。母が全てを受取れば良い」と回答した。二男は「母が死ねば結局は同じことで、相続を先送りするだけの事」と言う。この先母は1人で生きていくのだから使い切れば良いのにと私が言うと「あんなにお金を使わない人が使い切れるわけがない」と言う。そこで具体的な金額を初めて聞いたが、思った以上の金額で驚いた。確かに老いた母が1人で使い切る金額ではなさそうだ。その上母は浪費家でも無い。

 

実家問題に関しては、私の意見は「売れるうちに売るべき」、この意見に関しては兄達も同じだった。いずれ私が住みたいと言えば住んでも良いと言うがファミリータイプの広いマンションに私が1人で住むわけがない。後々売るくらいならば先に売るべきだ、かと言って母がまだ生活をしている限り追い出すつもりも無い。そこは時期が来たら母が引っ越せば良い。転勤族の二男も恐らく来春には転勤になるであろうから、出来れば高齢者向けマンションに母を「ぶち込みたい」と言う。一人暮らしで話し相手が居なくなるよりも同年代の人が居るマンションが安心だ、介護士も居る高齢者住宅なら何かあっても安心だ、長男や二男が札幌に居なくても安心できるように専用住宅に住んでほしいと言う。娘である私は母と同居する気は全くない、誰もそれを望んでも居ないから高齢者住宅の方向で母を説得するだろう。幸い口も達者で元気な母だからこの先まだ20,30年は生きそうだ、父の看病も終えて自由になった事だし余生は好きに過ごしてほしい。もしかしたらひ孫の顔も見られるかもしれないし元気で長生きしたいのであれば父の残したお金で楽しい老後を過ごしてほしい。

 

 相続問題も母の問題も長男の嫁は口を挟まなかった。私の意向も二男に伝えたのでそれ以上は無理に遺産を受取れとは言わない。父の銀行口座が凍結されるから相続人として手続き上必要な事があれば連絡すると言われた。それ以外の手続きは兄たちに全て任せた。お墓に関しても父が生前田舎のお墓を札幌市内に移していて父のそのお墓に納骨される。終活仲間のおじさんのお墓も同じ墓地でご近所だ。「行ったことある?広いから何処にお墓があるかわからないよ」と言われたが私はお墓に行くつもりは無い。私自身も家族のお墓に入るつもりは無い、私が死んだら絶対に散骨だ。これは私よりも長生きするであろう甥っ子たちに伝えておかなければならない、そんな先の心配をし始めた。

タイミング

 父の死は不幸なことだが、タイミングは不幸中の幸いだった。余命1ヵ月と告げられて、2週間後の丁度折り返し地点に達したその日に父は亡くなった。突然の事では無かったので各自心の準備も出来ていたし、元気な頃に終活をしていた父だからそれなりの準備は整っていた。

 

 私が個人的にタイミングが良かったと心底感じたのは父が亡くなる2日前まで私は旅行をしていた。父の葬儀の翌日からまた旅行に行くことが決まっていたので、旅行と旅行の間のほんの数日間の間で事がすべて終わってくれた。そんな個人的な希望を叶えてくれたわけではないが「このタイミングで助かった」と正直思った。

 

 友引前に亡くなった関係で1日の空白が出来たことも、遠方から来る兄家族の準備には良かった気がする。受験生である二男の息子も学校の試験後だったので良かった。人の死はいつ訪れるかわからないものだから「こんな忙しい時に困る」と思っても顔には出せない。

 

 数年前に父が入院したと聞いた。もしかして死が迫っているのだろうかと心配したが、それ以上に私が心配したのは当時あるアーティストのライブツアー真最中で各地を遠征していた、チケット入手が困難だった最終公演も参戦できることが決まっていて、これだけは絶対に何があっても行くと決めていた。何故ならばまたの機会が無いアーティストだったから、絶対に何があっても行くと決めていた。私にとっては正直家族の事は二の次だ、自分を優先したいし、もし自分にこの先何かが起きてもそれぞれ未来のある人は自分の事を優先してほしい。タイミング良く当時の父は死に至ることは無かったが、内心各地に遠征するたびに若干冷や冷やした思いがある。

 

 と、どこまでも自分勝手に生きている。それでも「人様に迷惑を掛けず健康に生きている」と言うだけで親孝行だと褒められたことがあった。何が親孝行で何が親不孝なのかもはやわからない。

 

 タイミングが良かったと言えば、葬式の翌日私は予定通りに旅行に旅立った。一応葬式後は何かやることがあるのか尋ねたがうちは無宗教自由葬なので何もないから解散と告げられた。長男と二男はそれぞれ1週間の忌引休暇あると言うから後のことは兄たちに任せれば良い。葬式の翌日長男の嫁と子供は東京に戻る、飛行機の時間を聞いたら私の飛行機とは1時間違い、二男の車で空港まで送ると言うからちょっと早めの私のスケジュールに合わせて長男の嫁と子供、私の3人を二男が空港まで送ってくれたからこれまたタイミングが良かった。

無事終了、そして解散

 火葬を済ませ、バスに乗り一同は葬式会場に戻った。葬式会場に戻ると受付には「お別れ会」で使った後の花が綺麗に包装されて花束になっていた。参加者が少ないこともあり、花束もほんの5,6個だったので適当に札幌市内の人たちに持ち帰ってもらった。

 

 葬式会場は綺麗に清掃されていた。無宗教自由葬だから火葬場から戻ってもやることは一つも無い。その場で解散のあっさりしたものだった。遠方のおばと私は直ぐに喪服から普段着に着替える。喪主の母まで一緒になって着替え始めたら案の定兄達から呼ばれた。「喪主のあなたがちゃんとみんなに挨拶しないとみんな帰れないでしょ」、そりゃ着替えてる場合じゃないし、このまま家に帰るのだから直ぐに喪服脱がなくても良いでしょと思った。何処までもマイペースで自由な家族だ。

 

 急いで着替え終えて喪主の母が会場に戻ると二男の嫁のご両親やら親戚の人がまだ残っている。兄たちが「この度はお世話になりました」と挨拶をしている。喪主の母も挨拶をしてやっと集まってくれた人は解放される。「またね~!」と気軽にみんなに挨拶したが不幸なイベントの別れの挨拶としてはふさわしくない、と思いつつ親戚同士が集まるとついつい出てしまう言葉だ。

 

 葬式会場のマイクロバスで遺骨や荷物一式を実家まで運んでくれる。みんなの車で手分けすれば十分だったが、プランに含まれていると言うからお世話になった。「あんたも乗ってく?」と聞かれたが私は自転車、そのまま帰りますから。何となくごちゃごちゃとみんなが帰る中どさくさに紛れて私も会場を後にした。「今晩みんなでご飯食べに行くから一緒に行こう」と二男に声を掛けられる。「あ、行けません」と断った。

 

 お墓に父の遺骨を納骨するのはイベント的な事も無く、「空いた時間に持って行けば納骨してもらえる」と兄が言っていた。その後の法事も無ければ集まることも無いのであとはなにも無かった。これで私の出番も無事終了。兄2人がまだ数日休みだと言うから実家の後片付けやら納骨やらの手続きは全てお任せした。

 

自宅に戻ったのが午後4時頃だった。特に疲れもない。その後、何事も無かったように仕事に行った。翌日からまた1週間ほど仕事を休むこともあり、1日だけでも仕事に出ておきたかった。父が亡くなった当日も、葬儀があった当日も、私は職場に行った。